札幌に初雪が降りる直前の午後。空の高さと澄んだ空気とおいしい伏流水。

お酒において表現されるところの「甘い」「辛い」とは本当のところどういうことだろうか。誤解なくありのままを説明することはできないだろうかとここ数年いつも考え続けています。それは、リキュールといういわゆる甘口と分類されるお酒を輸入させていただいていることが大きいかもしれません。辛ければ辛いほど通好み、すっきりしてベタつかないという辛口のお酒を尊重するような辛口信仰がいまの時代の嗜好です。

ただマリエンホーフのリケールを甘口のお酒は飲まないけれどこれだけは、とか、お菓子は頂かないけれどリケールなら。などどいう意見も頂戴し「甘口」の幅について考えていました。
札幌の地酒、千歳鶴の酒ミュージアムを訪れ、5代目杜氏佐藤和幸氏の言葉に少しヒントをいただきました。『甘口の酒って何かといったら、口に含んだときには甘くてごっくんと飲めば何もなくなってしまう酒。辛口の酒もそうですよ。辛いと感じてもごっくんしたら何もなくなる。どちらも後口に何も残らない酒。ちゃんと醸造した酒は、後味をスコンと抜けるもの。甘くても辛くてもきれいに後味が消えてなくなる、それが本当なんです』

リケールも香りや口に含んだときは旨みと甘みが強く感じられ、けれどその甘みは、のどを通った後はすうっと波がひくように消えてゆく。そしてそのあとに続く永い余韻。「後味」と「余韻」も別物ですね。後味は残らないけれど、余韻は続くもの。

自然界の甘み・辛みと人工的な甘み・辛みにも違いがあるかもしれません。その時の体調や湿度、もちろん個人差もあることでしょう。北海道の味わい深い野菜やお酒、空気、水などを頂きながら「味わい」とは何とも複雑で「甘い」「辛い」の一筋縄ではいかないことに食物の楽しさと断定できないという複雑さを感じ入った次第です。この地でいつも多くのヒントをいただく、大好きな友人・知人、お取引先様には心より御礼申しあげます。